2000年12月
平成12年12月・13年1月
合併号
  141号

発行人 片岡和男
編集人 岡本拓雄
2001年 年頭のご挨拶
岡山市日本中国友好協会 会長 片岡 和男
 皆様方には、新しい年をお迎えになり、おめでとうございます。昨年は色々とお世話になりました。今年もよろしくお願い申し上げます。昨年2月の総会で会長職を三島前会長より引き継ぎまして、皆様のご協力をいただきながら勤めさせていただいております。

 昨年は4月の牡丹祭り時の洛陽訪問、9月の洛陽よりの生徒を含む大型訪問では色々の経験をいたしまして、将来に向かって友好親善を構築してゆかねばと思っております。また県内の自治体、団体、学校等は、福祉、教育、産業等各分野にわたって交流活動を続けて下さっています。

 さて、今年は岡山市・洛陽市友好都市締結20周年記念の年であります。昨年11月17日記念事業実行委員会が発足しました。広い組織の方々のご協力により有意義な内容のプログラムが実施されることになりました。岡山市日中友好協会としては全面的に協力する事になりました。そのメインとして、チャーター機による洛陽他への訪問団が萩原市長を団長として、牡丹祭りにあわせて行くことになりました。

 また、岡山市日中友好協会も今年が創立20周年記念の年になります。故赤木五郎初代会長をはじめ先人達のご意志とご苦労を体して、更なる飛躍へとつないでゆかねばなりません。そのために両国の史実の忠実な理解とお互いの立場を尊重した上での交流が必要であります。そうして世界平和へ繋いでゆきたいと思います。友好協会の記念事業に関しての式典は秋になりますが、実行委員が各担当別にきまりましたので行動を起こしていただけます。皆様がたのご協力をお願いいたします。なお、協会の活性化と財政基盤の充実化のために日中友好のことをご理解いただける方々の多数のご入会をお待ちしております。

 皆様方の今年のご幸福とご健康を心よりお祈りいたします。

岡山市長 萩原 誠司
 新年明けましておめでとうございます。

 皆様方には、希望に満ちた輝かしい新春をお迎えのことと心からお喜び申し上げますとともに、平素から本市の国際交流事業をはじめ市政の各般にわたり、格別のご理解とご協力を賜り、厚くお礼申し上げます。

 岡山市日中友好協会におかれましては、創立20周年を迎えられ、心からお祝い申し上げます。

 岡山市では、子供海外派遣事業で、夏休みに本市の友好都市である洛陽市に中学2、3年生を受入れていただき、また研修生の相互派遣事業を行っております。加えて昨年は、洛陽市から行政・経済界、子どもたちを含む100名を越す洛陽訪日団をお迎えいたしました。これらの事業などを通じて、友好親善を深めてまいったところです。

 さらに本年は、本市と洛陽市との友好都市締結20周年の節目の年にもあたり、両市の市民にとって実り多い各種記念行事を鋭意計画中であります。

 21世紀の幕開けに当たり、岡山市日中友好協会のますますのご発展と、皆様方の一層のご健勝とご多幸をお祈りいたしますとともに、市政の推進に一層のご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げまして、新年のごあいさつといたします。

総会を開く 2001年1月27日
 岡山市日中友好協会第19回年次総会は、1月27日(土)岡山駅南の日生ビル5階会議室で開きます。行事は午前11時から年次総会、正午から互礼会(八仙閣)の順に行います。

 バザーは恒例のように各自持参の品物を買って頂く趣向で、1月24日までにご寄付の品を協会に届けて下さい。換金出来る物は何でも歓迎です。なお互礼会の会費は1人7,000円です。

第4回理事会報告
 協会の第4回理事会を11月28日、八仙閣で開き、12人が出席して、提案事項を協議し以下のことを決定した。
1.協会20周年記念事業
 岡山市洛陽市友好都市20周年記念市民訪問団に協会として参加する。岡山空港発チャーター便。協会は、片岡会長を団長として40人で1班を組織する。(バス1台分)

2.5月23日から29日、高島屋で開催される中国展に参加する。協会のコーナーを設けて、パネルを展示して協会活動の足跡を市民に理解してもらう。また、杜康酒・唐三彩など洛陽の物産を販売する。

3.大阪在住の片山義郎氏執筆による「洛陽の伝説と民話」を出版して、岡山市内の小中学校に無料配布する。印刷経費は約80万円

4.事務所を拡充する

5.9月に出版記念を兼ねた20周年記念レセプションを開催する。

6.20周年特別寄付をお願いする。会員は一口につき1,000円、役員は一口につき10,000円をお願いする。

特別寄付金のお願い
 1981年9月、岡山の地で市民ぐるみの友好運動を展開しようと各界各層の人々が相集い岡山市日中友好協会を設立しましたが、来年9月で20周年を迎えます。

 この20年間、会員各位のご尽力により、岡山市の友好都市・洛陽市をはじめ、中国各地との相互訪問、文化交流、教育交流など多くの分野で、民間交流の実績を上げて参りました。21世紀を目前にして皆様と共に日中友好の新たな課題に向かって、任務を果たすべく一層努力して参りたいと存じます。つきましては、20周年の節目に、記念事業推進にあたりましての特別寄付のお願いをさせて頂きたいと存じます。各員におかれましては趣旨をご理解頂きまして、何卒ご協力賜りますようお願い申し上げます。

私と岡山(22) 生徒が自主的に学んでいるのが良いと思います。
                                       後楽館中高教師 耿 文琴
―先生は岡山の友好都市の洛陽からおいでになったのですね。お生まれも洛陽ですか。
耿:はい、洛陽から来ましたが、出身は遼寧省です。大連外国語学院で日本語を専攻し、1968年卒業後、72年から洛陽に住み、89年からは洛陽外国語学校で日本語を教えています。そこから派遣されて後楽館高校へ中国語を教えに来たのです。

―何年おられる予定ですか。
耿:定年になりますので1年だけです。来年はもっと若い先生が来るはずです。

―日本へは初めて来られたのでしょうか。
耿:いいえ、3度目です。前回も岡山でしたが、平成ライオンズのお招きで上の娘と2人で1週間ばかりお世話になりました。1年間も住むのははじめてです。
 主人は外国語学院での同級生で、ずっと日本の会社の仕事をしていますし、洛陽で育った2人の子どももみんな日本に関わる仕事をしています。ですから、今洛陽の家には誰もいません。

―ではみなさん日本通なんですね。嬉しいことです。ところで岡山にお住みになっての印象は如何でしょうか。
耿:きれいな街ですね。それにみんな親切で暮らしやすいところだと思っています。それから偶然ですが、載江涛さん(注:元洛陽市外事弁公室主任戴保安氏令息)と同じアパートで、奥さんともよく話しあいます。

―それはなにかとご都合がいいですね。では学校の方のことを・・・。
耿:先生方もみんなお忙しい中で親切にしてくださいますし、先生と生徒たちの関係は友達のようでとてもいいと思います。この点は中国とすこし違うようです。
 ここのような中高一貫校が、どんどん増えるそうですが、いいことだと思います。中国にはまだありません。初級中学から高級中学へ進むときは必ず試験があります。
 わたしが8年間の教師生活の経験から考えて、中国では教科書と理論を重視するのに対して日本では生徒が自分の考えで自由に選んで学ぶということを重視しているのが大変いいと思います。
 中国の学校では青年節(5月4日)という祝祭日が決められていますが、日本の学校の文化祭のような催しはありません。生徒たちが、自分でいろいろと中国のことや、韓国のことを研究して、どんどん積極的に画を描いたり、作品を作ったりするのには感心しました。それにみんなとても上手ですね。

【付記】上海外語大、東北師範大、と共に日本語教育部門では一劉剣飛の定評ある大連外院出身だけに、不自由なく日本語を話されるのだが、やはりヒアリングが難しいとのこと。これは立場をかえてわたしの場合も同様のことがいえる。外国語を学ぶ者の共通した悩みではある。(文責:家野)

大連・旅順4日間の旅(1)                            協会会長 片岡 和男
 私たち岡山丸の内ロータリークラブがお世話をしている大連出身の留学生王林さんから大連訪問の誘いがあり、民間の親善交流にもなるのではと会員の意見がまとまり、訪問団をつのり大連を訪れることになった。王さんのお父さんを通じての打合せの中で、訪問団の中には岡山市日中友好協会の会長および多くの団員がおり、大連市として大連市対外友好協会が対応することになった。

 2000年10月20日福岡空港発全日空で大連空港到着。直ちに大連市人民政府を表敬訪問し、人民政府外事弁公室副主任、対外友好協会副会長王洪俊氏、外事弁公室所長、友好協会秘書長文永然氏より挨拶を受け、次いで佐々木ロータリークラブ会長、片岡岡山市日中友好協会会長が挨拶した。次に大連財貿職工学院を訪れ、安如磐院長、学生の出迎えを受け、パソコン教室を見学し、校庭に桜の木を植樹した。大連は旅順をふくめて人口260万人で、街にはアカシヤの並木が多く、都市計画は行き届いて公園、広いロータリーも多く大都会である。10月21日はバスで旅順へ、先ず、二百三高地へ登る。旅順は1894年に起こった中日甲午戦争、1904年に勃発した日露戦争では主戦場であったので戦争の遺跡があちこちに見られる。次いで水師営へ。日本軍、ロシア軍双方の代表が、ここ水師営会見所において旅順開城規約に調印した所である。何とも言えない感慨に駆られた。どんな時でも平和でありたいと思う。(以下次号)

瀬戸内ライオンズクラブ 洛岡希望小学校へ200万円寄贈
 岡山瀬戸内ライオンズクラブ(板倉公言会長)は、かねてより洛陽市新安県五頭鎮に希望小学校を建設するため、募金活動を行っていたが、去る11月25日に洛陽を訪問して、第1回目の寄付金200万円を贈った。来年、学校が完成した時、第2回目の寄付金が贈られる。この運動に当協会も協力している。

 洛陽の新聞に、瀬戸内ライオンズクラブ代表団の記事が載っているので紹介する。
現地新聞より(記者姜●君)
 昨晩、副市長●松は、牡丹飯店にて日本岡山瀬戸内ライオンズクラブ副会長畑美都男氏及び執行委員長清水友三郎氏と会見した。

 瀬戸内ライオンズクラブはかつて何度も洛陽市を交流訪問している。この度、畑美都男氏を清水友三郎氏は、クラブ代表として25日に洛陽市を訪れ、新安県五頭鎮洛岡希望小学校建設の状況を視察し、第1回目の寄付金、200万円を贈った。

 会見中、●松は、日本からの訪問者に洛陽市の教育予算と近年の政府の教育への投資状況を説明し、瀬戸内ライオンズクラブの無償の援助に対し感謝の意を示した。

 畑美都男氏は、来年、学校が完成した時に第2回目の寄付金を贈ること、洛陽の希望小学校と希望小学校建設に関係した岡山の市民とが力を合わせて日中友好関係を促進し、この運動を若い世代へ伝えていく意向を表明した。
南昌市松柏小学校訪日団来校 平島小学校と友好の輪堅く結ばる
 さきに秋山芳郎校長らが訪問し、交流をすすめている岡山市東平島の平島小学校へ、江西省南昌市松柏小学校から答礼使節が来岡した。団長趙偉雄氏(市視学官)、周憲蘭校長らの4人で、11月21日、全校生徒による音楽会で歓迎し民謡そーらん節による踊りや先生たちチームの太鼓演奏などで盛り上げた。また6年生の中国語での挨拶もたいへん好評だった。

 そして同夜テルマス・プラザで歓迎宴が開かれ、全教員PTA幹部ら30数名が、4テーブルに分かれて、それぞれ通訳を配し、膝突き合わせての歓談となった。

 アトラクションに先生の楽器演奏、合唱さらに邦楽と多彩な演目の披露に大きな拍手が送られた。周校長のまことに心温まる感謝のことばを以て会を閉じたが各テーブル毎にも、また松柏(スンパイ)、平島両小学校の友好の輪が堅く結ばれるのが感じられる思いだった。

 両小学校の交流を将来に向かった地道に続けようと意図しておられる秋山校長を先頭にして先生たちの一丸となった努力が実って来ようとしている。

 またPTA挙げての協力も大きな力になると思う。

 来年から子どもたちは相互交換訪問が始まるそうだが、これは各家庭の理解と協力がなければできない。

 どういう形で続けられてゆくか楽しみに見守りたい。なにしろ向こうは生徒数約2,000名、教員100余名、内80名が女性という、いわゆるマンモス校である。起こるであろういろいろの困難にまけずに辛抱づよく当たられることを望みたい。

杜氏二題(下) われに杜康酒あり 日本人と洛陽(最終回)        長泉寺住職 宮本 光研
 何をもってか、憂いを解かんや、ただ杜康酒あり、とは英雄・曹操―洛陽を都にした魏の武王のことばである。

 かの竹林の七賢人の中、劉伶は杜康酒を飲んで家に帰り、あまりによく睡るので死んだと思われ、埋葬された。3年後、酒屋の主がやって来て、墓を掘りかえし、棺を開いてみると、劉伶がゆっくり目を覚まし、おまえさんの酒はほんまにいい!と大笑いした。

 この故事を「杜康造酒劉伶酔」「一酔三年」と称す。かの『杜子春伝』の夢ものがたりにも描かれた。

 さて、洛陽産の杜康酒、もともとは偶然、米が桑の木の空洞で醸成されてできたものとか。周時代の杜氏、名が康という人が造り始めた。

 後に小麦とコーリャンを原料とし、天下に"神酒"の名をとどろかせた。

 唐代には洛陽郊外、●県に誕まれた詩聖・杜甫。洛陽在住の李白と出会い、有名な『酒中八仙歌』で「李白斗酒詩百篇」と称える。詩仙・李白には「両人対酌すれば山花開く、一杯一杯又一杯」(山中与幽人対酌)云々の絶句がある。幽人が誰であるか、マアよい、我は酔うて眠らんとおもう。君は去れ。明朝、逢いたければ琴を抱いて来たれ、と詠む。飲酒は「銷万古愁」だ。

 近年、周恩来総理が茅台酒をすすめたとき、田中角栄首相は「わたしゃ杜康酒がいい」と所望したと。肝胆相照らし、大いに酔っ払って日中共同声明が出た。

 洛陽と友好都市の、ある市長は杜康酒の乾盃で舞い上り、裸踊りに興じて付人が前を隠すのに大変でしたとか。

 私は、というと熱烈歓迎の宴席で1時間後にはきっと人間丸出し。洛陽市民はわが人間性をこんなものかと信頼するほかありますまい。ともあれ一酔三年、その割りに二日酔いがないとくる。どっちにしても素晴らしい白酒である。謝謝。(完)

 以上、協会の皆さんに教えられて十篇を書いた。

活動日誌
11/9 中国三誌(ピープルズチャイナ誌他)第93会友の会
1.日中児童文学会シンポジウム出席報告
2.訪中報告
3.チャイナ誌11月号の記事について
11/19 中国語検定試験
11/28 第4回理事会
12/14 第94回友の会開催
1.訪中報告
2.中国人との交流
3.今年のチャイナ誌の回顧
次回(95回)は1月11日の予定。八仙閣
会員消息
【お悔やみ】
高口 豊さん

先憂後楽
 新しい世紀がスタートした。そして、協会にとっては20周年という節目の年を迎える。20年は5分の1世紀。この間協会は何をしてきて、どれほど日中友好に役立ってきたのだろう。

 友好運動イコール反政府運動とまで言われたころから今日のような国民的な友好時代に至るまでには、本当に多くの無名活動家の存在と犠牲的な働きがあったことを忘れるわけにはいかない。

 吉岡一太郎、中西寛治、山本修一、村上栄、赤木五郎、六車清茂等協会の創生期を支えた諸先生は21世紀を見ることなく鬼籍に入られた。我々は諸先輩の敷かれた土台の上であぐらをかいているべきではない。

 これから協会に求められるものは何か?不動の理念?専門性?経済力?会員数?会員の皆様と共に真剣に考えていかねばならない。

 先人の教えを守り、新たな使命と任務を遂行すべく、我々の世代でするべきことを行い、次の時代を確実に担う青年に日中友好事業の大業を引き継ごう!(松)


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