岡山と中国  設立30周年
2011年1月
平成23年1月
  206号

発行人 片岡和男
編集人 松井三平
 2011年 祝 30周年   年頭のご挨拶
30周年祝い継続できる事業を提案 
       -風雨に左右されぬ友好交流-
        岡山市日中友好協会 会長代行 片 山 浩 子
 
 
    
  明けましておめでとうございます。
 
  皆様にはお元気で新しい年をお迎えになられたことと存じます。

  中国では昨年、上海万博が開催され、一昨年の北京オリンピックに次いで世紀の大事業を成功させました。 また、GDPが日本を抜いて世界第2位になったことなど、政治的にも経済的にも中国の存在感は急速に大きくなってきました。
  一方、尖閣列島の領有権を巡り日中両国関係が急速に冷却化するなど、微妙な状況を迎えていることも事実です。

  このような中で、わが協会は、友好都市交流を中心に、さまざまな友好活動を展開してきました。10月には片岡和男会長が永年の友好交流への貢献により、洛陽市栄誉市民賞を受賞され、協会としても誉であると同時に大きな励みとなりました。
  12月には岡大病院が洛陽市の中心医院と国際協力協定を締結し、岡山旭東病院が岡山洛陽友好病院に認定されるなど、今後の日中医療交流の発展に大きな成果を納めることができました。

  また、中国人留学生支援センターを協会内に立ち上げ、緊急時の支援体制を構築しました。中山時子先生が東京で60年間継続されている中国語学習法「浪乗り会」を岡山で開始し、岡山における中国語教育に一石を投じるなど、新たな取り組みが始まりました。
  本年は、当協会設立30周年を迎えます。また、洛陽市との友好都市締結30年の年でもあります。節目の事業を展開するとともに、今後の交流につながる継続的な事業を提案・推進し、風雨に左右されない日中友好のプラットフォーム構築に努めてまいりたいと存じます。

 
友好の絆が更に深まる記念の年に
      -友好都市締結30周年の節目-

                       岡山市長 髙 谷 茂 男 
 
   
   新年明けましておめでとうございます。

  皆様方におかれましては、希望に満ちた輝かしい新春をお迎えのこととお慶び申し上げます。平素から、洛陽市との交流などの国際友好交流事業をはじめ、市政全般にわたり、格別のご理解とご協力を賜り、厚くお礼申し上げます。
  貴協会におかれましては、洛陽市からの医療訪日団の受け入れや、それをきっかけとした病院間協定の締結への先導役を果たされるなど、本市における日中民間交流の中心的役割を果たされ、幅広い分野で大きな成果を上げておられることに対し、改めて深く敬意を表するものであります。

  さて、本市は、政令指定都市に移行して間もなく3年目を迎えます。本年も、都市ビジョンに掲げる「水と緑が魅せる心豊かな庭園都市」「中四国をつなぐ総合福祉の拠点都市」という都市像の実現に向けて、全力で市政を推進してまいりますので、市政への変わらぬご支援と本市のまちづくりへのなお一層積極的なご参加を賜りますよう、お願い申し上げます。

  また、本年は、岡山市と洛陽市の友好都市締結30周年という節目の年に当たります。貴協会におかれましては、これを記念した洛陽牡丹の普及販売をはじめ、すでに30周年記念事業への取り組みに着手しておられるとお聞きしております。
  本市といたしましても、貴協会をはじめとした関係者の皆様と一緒になって、両市さらには日中両国の友好の絆がさらに深まる記念の年にしてまいりたいと考えておりますので、今後とも、交流推進のよきパートナーとして、さらなるご支援、ご協力をお願い申し上げます。 

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持続的で内実あるハイレベルの医学交流めざして
        日中医療交流が歴史的前進 
  岡山大学病院と洛陽市中心医院との「国際協力協定書」調印式及び、岡山旭東病院への「岡山洛陽友好病院」称号授与式が、2010年12月7日午前11時から、洛陽市中心医院会議室でおこなわれた。これで日中医療交流がいよいよ本格的に動き出した。 
       
岡山大病院は国際協力協定
          岡山旭東病院は「友好病院」に 
  式には各病院の関係者の他、洛陽市、それに仲介の労を取った岡山市日中友好協会の日中医療交流促進訪問団(団長・土井章弘交流促進委員長、5人)も出席した。
  式では、最初に参加者が紹介された後、朱其昌洛陽市衛生局長が挨拶した。

  この中で、朱局長は「岡山市と洛陽市が1981年に友好都市を締結して以来、さまざまな交流が行われてきたが、この度の医療協定はハイレベルな交流であり、今後の発展が大いに期待される」と高く評価。
  次いで、協力協定書の調印が行われた。協定書は岡大病院の森田潔院長、中心医院の李亜偉院長によって署名され発効した。

  この協定は、学生の交流、教職員の交流、研究・教育及び文化的プログラムの共同推進、研究情報の交換という内容を柱とする医学交流協定となっている。
  岡大病院としては、ベトナムについで海外で結ぶ2番目の交流協定となった。

  調印後、森田院長は「病院視察を通じて今後どのような交流をすれば良いか見えてきたように思う。交流を通じて相互の医療の発展と両市の友好、更には日中友好の発展につながることを願う」と挨拶した。

  また、中心医院の李院長は「岡大病院は日本でも屈指の優秀な病院であり、先進的な医療に学びたい」と決意を述べた。 
学び補い合う交流
         大きな成果を期待 
  引き続き、譚建忠洛陽市副市長から岡山旭東病院に対し「岡山洛陽友好病院」の称号授与が行われ、旭東病院の土井章弘院長が受領した。
  この友好病院の内容は、これまでの岡山と洛陽の医療交流に対する貢献に対し、感謝の意を表すと同時に、今後の両市の医療交流の促進のために更なる期待を込めたものである。

  授与式には、洛陽側から譚副市長、朱衛生局長、李院長のほか外事弁公室の蔡志副主任や中心医院の副院長ら、岡山側からは森田院長、土井院長のほか、岡大病院麻酔科の溝渕知司准教授、岡山市日中友好協会の黒住昭子理事、松井三平事務局長が出席した。

  これら医療交流について協会では、2010年、洛陽市より2回の「医療視察訪日団」を受け入れ、洛陽市からの10病院の院長らが岡大病院、川崎医科大学付属病院、岡山県精神科医療センター、岡山旭東病院、済生会ライフケアセンターを視察し懇談している。
  これら交流の成果として、今回の調印が実現したものである。

  中国は保険制度の改革やハード・ソフト両面で、医療と病院改革に取り組んでいる。この中で、洛陽は中都市の中でも中国衛生部からモデル地域として、世界銀行からの融資を受け高度な医療設備の導入も計画している。
  これに対し、岡山は医療先進県として知られている。今後の医療交流の中で、学び合い補い合う交流ができれば、大きな成果を収めることが期待できる。

  2011年は、岡山・洛陽友好都市締結30周年を迎える。この医療交流は、一過性の交流だけでなく、持続的で内実ある交流として大きな期待が寄せられるだろう。 
森田潔院長(右)と李亜偉院長
     
友好病院の称号を受ける
土井章弘院長(右)
  
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協会設立30周年記念キャンペーン!
         洛陽牡丹
 1000株 到着!
到着した洛陽牡丹苗木(久米南町)
 
  当友好協会が、設立30周年記念として洛陽市から輸入した1,000本の「洛陽牡丹」苗木が、11月17日、久米郡久米南町にある会員の國忠征美さん宅に届いた。
  早速荷降ろしし、消毒して一本一本品種に分けてポットに植えつけられた。品種は代表的な「洛陽紅」はじめ「首案紅」「藍宝石」「粉中冠」など合計21品種。

  國忠さんは「根がしっかりしていて品質の良い苗木。来春開花するものもあるだろう」と太鼓判を押した。
  すでに12月から予約注文が始まり、山陽新聞に掲載されたころから電話の問い合わせが増えてきた。来春の出荷まで國忠さん宅で育ててもらい、3月中旬には注文者のところへ届けられる。
  育て方については、協会では今春、花の管理や育て方をわかり易く説明する講習会を開催する予定。

  注文はチラシにより、受付ける。限定品なので、品種ごとに売り切れ次第予約は締め切られる。早めのご注文を。
  値段は1本3,800円(税込)で、3本から受け付ける。 

重森貝崙氏講演会
       「水」の差が 日中料理の差 
 
  造園家、重森三玲の子息で、映像作家の重森貝崙氏(しげもり・ばいろん)を招いての講演会「中国の食文化を考える~北京~」が、11月6日、岡山駅西口の岡山国際交流センターで開かれた。 

  この日は、中国の食に関心の深い人たちや、友好協会会員、それに三玲出身の加賀郡吉備中央町関係者ら約40人が出席。映像や講演に耳を傾けていた。

  貝崙氏は、これまで取材してきた砂鍋豆腐、爆三様、砂鍋白肉、羊雑砕湯、北京ダックといった料理や食品に関する映像を次々紹介。
  日本の料理との違いについて「中国の水はそのまま飲んだらお腹を壊す硬水」だとして、それを前提に料理が組みたてられていると解説した。 

中国に捧げた一生、山崎宏さん逝く!
        従軍後帰国せず漢方医とし終生診療
                  -OHKの取材最後に102歳- 
山崎 宏さん
 
  2010年12月1日の夜、山東省の外事弁公室からメールが入った。「今日、山崎さんが亡くなりました。明日、赤十字に献体されます」との訃報だった。何度もメールを確認して、OHK(岡山放送)の記者に連絡した。   実は、その5日前まで、私はOHKの取材に同行し、山東省済南にある山崎さん宅で、波瀾万丈の人生の一端を聞いていた直後だったので死亡はすぐには信じられなかった。
  ちょうど11月28日は、山崎さんの102歳の誕生日であった。OHKの取材陣と一緒にお祝いを持参して贈呈したところ、本当に嬉しそうな顔で喜んでおられたのが印象的だった。

  山崎さんは、第二次大戦には軍属として中国に渡り、その後現地召集されて従軍したが、日本の敗戦後、帰国するか留まるかを問われて、迷わず留まり、生涯を中国と中国人に貢献することを誓われたのだ。
  爾来、日本人・山崎宏さんは中国漢方の医者として、済南の自宅下に診療所を開き、中国人の尊敬を集め、その決意通り、最後まで治療し続け、死後は献体して中国人に貢献したいという願いを叶えた。

  「口で日中友好を言うことは容易いことです。実際にやることは難しい」と何度も繰り返していた。
  苦力(クールー)に命じて中国人女性を強姦させ、笑いながら見ている日本兵、日本刀で首を切り落とす光景などを目の当たりにして、「戦争により戦争を知る」という毛沢東の言葉を戒めに、「絶対戦争はダメです」と大きな声で言っていた。
山崎さんの診療所 (済南)
 

  文化大革命の時「日本鬼子(リーベンクイズ)」と言われ、石を投げられたり、時には診療所で批判されました。これに対して「当たり前のことです。日本人は何を言われても当たり前のことです」と恨みには思わなかったという。
  山崎さんは岡山県真庭市落合の出身。このような日本人、岡山県人がいたことを私たちは決して忘れないだろう。
  山崎さんの事をもっともっと多くの人に知ってもらい、伝えていかなくてはならないと思う。   岡山のOHKの取材が最後の記録となったのは偶然ではない気がする。早い時期に番組が放映されることを期待したい。

  山崎さんの冥福を心からお祈りする。(松井三平)         
  
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シルクロード  
    唐蕃古道と黄河源流を四駆で訪ねて
 <上>
                          荒木敏雄氏ら5人組 
 
   シルクロードの南ルート、別称・チベットルートともいわれる「唐蕃古道」を、男女五人の高年挑戦者が四輪駆動車で走破した。高山病に悩まされ、寒さに震えながらの十三日間。その記録を紹介する。   一行は、登山経験のある70歳台の男女4人と、全く山には素人の60歳台の男1人、つまり私・荒木の計5人。
  北京から蘭州に行き、そこで四駆「三菱パジェロ」2台に乗り、唐蕃古道をひたすら成都まで約2,000キロ、成都からは上海経由で帰岡した。
  時期は4月、春とはいえ標高2,700~4,600メートルの高地は、想像以上の厳しさ。所要日数は13日である。

  まずスタートの蘭州。シルクロードでは河西回廊の入口だが、唐蕃古道はここから分岐し青海省に入っていく。
  人口199万人の都市で、場所からいうと中国のちょうどど真ん中。古来から交通の要衝として栄えた場所だ。ここには黄河第一橋が架かっている。

  観光案内などで、ブタ皮を膨らませた浮を連結した筏で渡河する風景が紹介されている、 あの場所である。河の水は、相変わらず真っ黄色。
  その河畔で食べたヨーグルトアイスは絶品だった。加えて、絶対食べなければならないといわれていた屋台の蘭州牛肉麺を頂いた。これは聞きしに勝る激辛。

  いざ出発すると、途中から雪が降り始め、道路は真っ白。想定外の気象でした。
  北上すること300キロ、武威に入る。ここは人口98万人の歴史ある町。祁連山脈とゴビ砂漠に挟まれている。西夏文化の中心地とされ、雷台、文廟、西夏博物館などがあった。

  ここで感動したことがあった。とある公園で、盲目、吃音者らが集まり二胡その他の楽器を奏で、旅行者の安全を祈願してくれていたのである。
  中央にちょこんと空き缶を置き、わずかなお金を頂いて生活しているらしいのである。われわれ日本人、こんなところを見ると「ヨーシ」と奮発してしまう。

  30元もカンに入れ、旅の安全を祈願してもらったわけだが、周りの中国人の視線が熱かったこと。
  張掖は更に西になる。隋の時代に国際貿易都市として発展した多民族都市だという。巨大な涅槃像のある大仏寺、八角九層で高さ33メートルもある万寿寺木塔などがあった。 
パジェロで走破
 
青海省へ続く町
黄河第一橋

 
雪山をバックに (筆者)

      
ご案内
      2011年度定期総会・新春互礼会
      協会設立30周年記念講演会 
  表記の行事を左記の日程で開催します。万障繰り合わせての上、ご参加くださいますようご案内申し上げます。
[日時]2011年2月5日(土曜日)
  ◎定期総会(午前10時より)
   2010年度活動報告、収支報告他、役員改選
   2011年度活動方針、収支予算他
  ◎記念講演会(午前11時より)
   講師・谷井昭雄氏(大阪府日中友好協会会長)
   演題「中国との経済交流と今後の日中友好の展望」
  ◎新年互礼会・レセプション(午後零時45分より)
[場所]岡山全日空ホテル「曲水の間」(岡山駅西口)
[会費]7,000円(互礼会会費)

《30周年記念講演会の開催趣旨と目的》
  岡山市日中友好協会は1981年、ちょうど岡山市と洛陽市が友好都市を締結した年に設立されました。この30年を記念しこれからの日本と中国の交流の在り方を考えると同時に、岡山の地で友好交流を持続的に発展させるための方向を確認することを目的として、永年、日中経済交流に携わってこられ、現在もなお、前線で活躍しておられる谷井昭雄氏を招き、記念講演会を開催するものです。今回の講演会は岡山県経済団体連絡協議会等の後援を頂いています。
 
会員消息
【入会】
 藤原 守さん(津山市)
 松井 圭子さん(倉敷市)
 星野 耕平さん(岡山市)
 石井 伸弥さん(玉野市)
 中原 富二雄さん(倉敷市)
 河原 大さん(岡山市)

活動日誌
 11/3…倉敷芸科大学ヘルスピア倉敷オープン式
 11/6…重森貝崙氏講演会(岡山国際交流センター)
 11/10…岡山丸の内ロータリークラブより協会表彰授与
 11/17…洛陽牡丹届く(久米南町、國忠さん宅)
 11/22…黒住理事月刊「財団」取材
 11/23…OHK山崎宏取材団出発(山東省済南)~26日
 11/30…協会第5回理事会(協会事務所)
 12/5…日中医療交流促進訪問団出発(上海・洛陽)~9日
 12/12…中山時子先生日中文学文化学会設立(東京)
 12/17…第二回中山時子中国料理マナー教室
      (ホテルオークラ)
 12/18…中山時子中国語特別講座(NPO会館)
       ・森崎岩之助先生、三木記念賞祝賀会(全日空ホテル)
 12/22…協会総会準備会議

先憂後楽
  2010年は日中関係にとっても協会にとっても特筆すべき年となった。.

  日中関係では、尖閣列島の領有権を巡る衝突とその後の中国の強硬姿勢、そして中国各地に広がった「反日」デモ。日中関係は急速に冷え込み、政府レベルや、県知事クラスの相互訪問停止。上海万博や中国人訪日観光旅行客増加で盛り上がった観光市場も大きな打撃となった。

  協会では、洛陽牡丹祭り訪中団が大きな成果を収め、片岡会長への洛陽栄誉市民賞授与など2011年の30周年への大きな弾みとなった。

  また、洛陽からの医療訪日団を2度にわたって受け入れ、年末には岡大病院の森田院長、岡山旭東病院の土井院長らが洛陽を訪問し、歴史的な医療協力協定を締結し、今後の交流の大きな足掛かりとなった。

  いよいよ今年は協会設立30年、岡山洛陽友好都市締結30年の節目の年。日中関係は極めて困難且つ微妙な時機に突入しているが、このような時こそ民間団体としての特性を活かし、日中友好の旗を高く掲げて活発な活動を提起し、交流を促進していきたい。

  『風は吹けども山は動かず。泰山は動かないし、富士山も動かない』(元中国仏教協会、趙樸初会長の言葉より) (松) 


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