日中平和友好条約締結40th
2018年4月
平成30年4月
  250号

発行人 片山浩子
編集人 松井三平

   12年間の洛陽・植樹にひと区切り
     〝思い〟の込もった最後の植樹

             岡山市日中友好協会 理事・緑化交流担当  荒 木 敏 雄
日中緑化

交流基金

  今回の植林活動は小渕基金創設以来18年が経過し、協会としての植樹は、最後の活動となりました。
今年4月の植樹開会式
  当協会では、2006年のスタート以来、毎年、日中緑化交流基金の助成を受けて、洛陽市人民対外友好協会をパートナーに黄河沿いの丘陵地帯で植林活動を続けてきました。

  今年の植樹種は、漢名「女貞」(和名・トウネズミモチ、モクセイ科)でした。熟した果実が鼠の糞に似ていることから名付けられたようです。
  その果実は乾燥後、生薬「女貞子」と称され滋養強壮薬として広く使用されます。

  私たちは、4月10日朝9時、大型バスに乗り込み、黄土高原を集落と紫花満開の桐木群生を眺めながら一路、孟津県小波底鎮に向かいました。
  ひた走ること約90分、一面に牡丹花咲く山腹の段畑地広がる目的地に到着。
  日中双方代表による開始挨拶に続き、現地農民や県・鎮担当者及び私たちの合同植樹作業が和気あいあいの内に進められました。
  汗ばみながらシャベルを振るう皆々の思いは、緑花豊かな山野と黄河を見下ろす絶景であろう。
最後の植樹を終えてくつろぐ参加者
  関係者、それぞれの思いの込もった最後の植樹作業でした。洛陽市当局者も、友好発展に大きな貢献をしたと高く評価していたようです。

  かつての孟津は中国中世代において、黄河に面する主要な皇城への物流拠点港として、また戦略上の輸送路として繁栄した城都の水路玄関口でもありました。
  今回我々最後の活動に鑑み、この植林地域が中国の新たな生態系ユートピアに成長する事を念願しています。

  最後に本活動に爾来ご参加された各位に対し敬意を表すると共に、新たな自然文化交流が始まる事を祈念して止みません。
 
2018年4月9日〜13日 洛陽、南京
    岡山
市民友好訪問団

                〇第36回洛陽牡丹文化節開会式〇
                〇孟津県・日中緑化植樹参加〇
              〇南京「中山陵」「虐殺記念館」訪問〇


洛陽市政府を表敬訪問 (右は張世民副市長)
  岡山市日中友好協会(片山浩子会長)が呼びかけ、洛陽牡丹花会の開催時期に合わせ、毎年実施している友好都市・洛陽市への市民友好訪問団が、今年は劉宛康
洛陽市長の開幕式への正式招聘状を受け、例年より1週間早い時期に訪問・交流した。


  市民訪問団は片山浩子会長を団長とする10人で、4月9日岡山空港から出発し、先発して西安へ行っている4人と洛陽で合流し総勢14人となった。
  また、岡山市が派遣した佐佐木正士郎副市長、田尻裕二副議長を代表とする公式訪問団5人も同日に出発した。

  両団は中国東方航空のMU528便で上海浦東空港に降り立ち、バスで虹橋空港駅に移動し、高速鉄道でその日の夜10時前に洛陽入りした。
  洛陽龍門駅では、洛陽市外事弁公室や国際交流友好中心らの責任者が出迎えた。

最後の植樹活動に汗 洛陽市の協力に感謝
  日中緑化交流基金の助成金による植樹活動は、当協会と洛陽市人民対外友好協会とのパートナーシップにより洛陽市孟津県の黄河沿いで足掛け12年間にわたって実施してきた。
  それも、今回がこの基金助成による事業としては最後となった。

  11日10時に孟津県に到着した訪問団は、バスが入り込めるところまで行き下車し、そこからは約1キロメートルを徒歩で植樹現場に入った。
  現場では林業局職員や地元の農民ら約30人が待ち受けており、最初に開会式に臨んだ。
  式では、松井三平専務理事が司会進行を行い、最初に孟津県林業局の李継東局長が挨拶した。
  李局長は、当協会が30数年来、岡山市と洛陽市との間で、各分野にわたり様々な交流活動を展開し友好発展に大きな貢献をしてきたと高く評価。特に2006年以来12年に及ぶ植樹活動への感謝を述べた。
  また、李局長はデータに基づき具体的な樹種、本数、面積、投資額を披露した。

  次に、片山会長が挨拶に立ち、12年間にわたり地元農民の方、林業局の方が協力していただいたからこそ実現できたと感謝し、今後50年、百年先に、植樹した木が大きく育ち洛陽市の環境を良くし、またいつか子孫が見に来る日が来ることを期待したいと述べた。

  開会式の後、訪問団と地元の人がいっしょに「女貞」を植えた。天気が危ぶまれたが、雨も降らず、植樹日和となり、参加者は交流を深めながら心地よい汗を流した。
  昼食は、林業局や植樹を請け負っている公司の方ともども和気藹々と行なわれた。

洛陽市政府表敬訪問 歓迎夕食会は日ロ中
洛陽市政府表敬訪問
  翌10日の午前中は新区のモリブデンホテルで表敬訪問と歓迎昼食会が開かれた
  昼食会では、同じく友好訪問していたロシアのトグリアッテ市の市長一行と同席となり、会場では2か国語での同時通訳がなされ、参加者はレシーバーを渡され、自国語で聞き入っていた。
  会場は日、ロ、中 3か国の国際交流となり、各テーブルでは英語と中国語が飛び交い賑やかに交流が進んだ。
  午後からは2組に分かれて見学と交流を行なった。初めて訪問した人をメインとした龍門石窟見学コースと、何度か訪問したことのある人たちは洛陽市高齢者活動センターを訪問した。

高齢者活動センター  卓球をして友好交流
老人活動センターでの懇談
  高齢者老幹部活動センターでは、かつて外事弁公室で日本担当をしていた呉小現さんが役員をされており、案内役をしていただいた。
  最初に概要説明を聞いた後、卓球やコーラス、河南省の伝統劇である豫劇などのクラスを見学して回った。

  卓球では黒住副団長が『友好第一、試合第二』という中国の伝統的スローガンの下、高齢者の女性とラリーをして交流を深めた。
  呉小現さんも卓球協会の秘書長として活躍しており、日本とのシニア交流の実現に期待を表明した。

洛陽牡丹文化節開幕  数万人の観客と鑑賞
洛陽牡丹文化節開会式
  10日夜には、今回の訪問のメイン行事である牡丹文化節に参加した。

  会場となった隋唐洛陽城遺跡記念館には数万人の観客が押し寄せ、歌や踊りなどが連続して披露され、LEDや画像を駆使した中国流の演出に参加者も大感激。

  以前は、海外から超有名な歌手などが参加し、大きなスタジアムで3時間ほど掛けて行われていたが、今年はシンプルで時間も約1時間とコンパクトに行なわれた。


移動は高速鉄道利用  見送り受けて快適に
  植樹の後、市民訪問団一行は、植樹会場から直接高速鉄道の龍門駅に向かい、16時43分発の列車に乗り込んだ。
  駅には王輝院長ら第五人民医院の方々が見送りに来られ、医療交流をしている岡山県精神科医療センターや岡山旭東病院へのお土産を預かった。
 
南京虐殺記念館訪問  献花黙祷ささげ追悼
南京・虐殺記念館正面で
  今回の第2の訪問先である南京では、孫文のお墓でもある中山陵をはじめ、日中戦争の負の遺産である南京虐殺記念館を訪問した。

  記念館では、江蘇省人民対外友好協会の外郭団体である江蘇省国際交流中心主任助理の陳新民さんが出迎え、まず犠牲者となられた中国の方々への追悼の気持ちを表すため献花と黙祷をささげた。
  献花では、今回の参加者のうちで最高齢者である則次美弥子さんが片山会長とともに訪問団を代表して花輪に手を携えた。
  その後、記念館の案内の方とともに陳さん自ら案内をいただいた。
  南京虐殺事件では犠牲となられた数が何かと議論されるが、歴史的事実があったことを認め、後事の戒めとすることが最も重要なことであり、今回はそのことを確認する訪問となった。
  記念館では国際友人の展示が特に印象に残った。戦時中の欧米人による支援や客観的資料を多く紹介しており、客観的な事実から目を背けてはならないという警告でもあった。

  その後、訪問団は城壁の中華門を見学した後、ホテルに戻り休息、夫子廟見学をした後、陳先生の主催による江蘇省国際交流中心の歓迎夕食会に参加した。
  陳さんはかつて江蘇省名古屋事務所長として日本に駐在していた時に、協会とも交流があり、懐かしく再会できた。
  今後江蘇省とも新たな交流が展開することを期待したい。
    中山陵の前で                                社会見学の中学生らで賑わう中山陵
  


岡山空港着は13日夜  友好交流を胸に帰国
 一行は所期の日程を終え、13日南京を出発、上海経由で夕方の東方航空MU527便で岡山に戻った。空港で、簡単な解団式が行なわれ、解散した。  団員等は、迎えに訪れた家族等と共に、多くの友好交流の成果を胸に家路についた。
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天津医療福祉交流促進訪問団
      胸科医院・高齢者施設見学
        南開大・国際交流センター、図書館も
                  3月18日〜21日 岡山旭東病院スタッフ参加

天津市人民対外友好協会表敬訪問
 天津医療福祉交流促進訪問団(団長・黒住昭子岡山市日中友好協会副会長)が、天津市人民対外友好協会の招聘により、3月18日から同21日まで、天津を訪問しました。

 当協会からその代表者の一人として各分野での協議、交流をしてきました。
 当協会では、平成25年に天津市と交流協定を結んで以来、これまでにも相互訪問や視察の受け入れなどを行ってきました。

  日中平和友好条約終結40年の節目にあたるこの年を契機に、さらに具体的に交流を深めていこうという双方の思いを実現するべく、さまざまな分野の交流の可能性を模索し、協議する貴重な機会となりました。

  今回は、医療福祉分野の実質的交流も視野にいれ、岡山旭東病院のスタッフの方にも同行していただき、心臓や肺の専門病院である天津市胸科医院や大規模高齢者施設の見学をさせていただきました。
  また、天津市は新しい地区の開発も盛んで、新しくできた濱海文化交流中心図書館も見学しました。
  いずれも施設の規模の大きさに圧倒されるだけでなく、日本でも参考になるようなシステムやサービスがあり、大変興味深く拝見しました。

  文化面では南開大学の国際交流センターを訪問し、若者同士の交流について意見交換ができました。
  新しくできたキャンパスは広大で、教育環境の充実ぶりを実感し、優秀な人材がどんどん輩出される中国のパワーを目の当たりにする思いでした。
  さらに天津市婦女聯合会(戴温会長)では女性幹部の皆さんに温かく迎えていただき、さまざまな活動などの取り組みを紹介していただきました。女性の交流をぜひ実現させたいと思います。
  天津市人民対外友好協会の表敬訪問では曹漢軍副会長と積極的に両市の交流を進めていくことを確認しあいました。

  非常に盛りだくさんの日程でしたが、これからの交流を考える上でとても意義ある訪問でした。
  それぞれの特徴を活かしながら、実質的かつお互いのプラスになる関係性を作るべく、友好の懸け橋をしっかりと作っていきたいと思います。    (黒住昭子・記)
視察報告:天津市の予防医学について
                岡山旭東病院国際 医療支援課 課長 小 原   隆

天津市胸科医院にて
  天津市の予防医学(健康診断制度)について、天津市胸科医院と対外友好協会で、お話を伺いました。
  健康診断制度は、日本の制度と変わりなく、企業では福利厚生として年一回、健康診断を行っています。
  基本的な検査項目に加え、腫瘍マーカー、超音波検査、大腸疾患を危惧して直腸診も含まれています。
  企業の上層部の中には、他の地域に行って健康診断を受けている方がいるので、日本で健康診断を受けたいと思う方が、いらっしゃると予想します。

  心臓専門の胸科医院の訪問では、病院の歴史と、病院独自で開発した器具をはじめ、施設内を見学させて頂きました。
  院内がとても綺麗で、静寂な受付周辺に驚きました。受付方法は、電子カードによってタッチパネルを使って、受診したい科、先生など選択します。
  精算は、携帯で支払うキャッシュレス化です。中国では飲食店やデパートでも、携帯で支払うキャシュレス化が、常用化されています。
  受付周辺の静寂性は、このICTの活用によるものです。スピィーディな受付、精算は、日本より数年先のICT社会を見たかのような印象です。

  次に訪問したサービス付き高齢者向け住宅の静海康寧津園は、広大な敷地内に、約5千床の住宅や病院、食堂、娯楽施設を有し、自然の中でのんびりと過ごすことができます。
  規模の大きさに大変驚かされました。中国でも高齢者問題は深刻で、広大な土地と、巨大な資本によって、壮大な試みがなされていることが窺えます。

  今回、お会いした方が思う岡山のイメージは、穏やかで静か、さらに日本のイメージは、サービス精神が良く、親切、心を込めて対応してくれるなど、日本医療の信頼の高さを伺うことができました。
  健康意識は日中に相違ないことからも、これからますます日本の医療・日本の医療技術によって、海外から安心して治療を受けに来ることが出来るようになってきています。

  今後、先進医療、予防医学、日本のこまやかなおもてなし文化の提供など、当院も日々勉強しながら、海外から受診に来られるみなさまをお迎えし、これからますます医療を通じて日中友好に携わって行きたいと思います。

       ICT活用は日本より先行。施設規模の大きさにびっくり
 
 
瀬戸内日中友好卓球交流会                     

  瀬戸内日中友好卓球交流会(村上尚会長)は、3月26日から1週間の日程で第3回目となる卓球交流訪問団を青島へ派遣しました。
交流会でのジュニア選手の皆さん

  青島市卓球運動協会と卓球交流の相互訪問を開始して今年で5周年という節目の年を迎え、当交流会ではこれまでの青少年の卓球交流に加え、今回初めて中高年の訪問団派遣も実施しました。

  青少年の卓球交流は、岡山チームを率いる丸川真一コーチを団長として、香川チームの廖琨(リョウ・コン)コーチ、岡山・香川の小中学生それぞれ5名の総勢12名が参加。中国の選手たちと白熱した合同練習・試合をしました。
  卓球選手育成に熱心な地元小学校との卓球交流も行うなど、卓球を通じて充実した日中友好交流活動を体験できたようです。
歓迎会・交流会でのシニアの皆さん
  一方、中高年の訪問団は、3月27日から3泊4日の日程で行い、当交流会の村上尚会長が団長を務め、40代後半から最高齢84歳の17名が参加しました。

  28日午前中に行われた日中卓球交流では、元卓球世界チャンピオンの松﨑キミ代さんと深津尚子さん(いずれも旧姓)が参加されたこともあって大いに盛り上がり、交流会場では数々の好ゲーム、珍プレーが展開され、至る所で歓声が沸き起こっていました。

  中国側も来年は中高年卓球交流訪問団を岡山・香川に派遣したいと、意欲満々でした。(事務局、国定剛・記)
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天津市婦女連合会と会談
     女性同士の交流を実現へ

婦女連合会の戴会長ら役員との協議
  天津市人民対外友好協会の招聘で、3月訪中した天津医療福祉交流促進訪問団(黒住昭子団長)では、医療関連の交流と合わせて、女性関係者との協議も行い、女性同士の交流も今後進めていくことにした。

婦女連合会の前で
  今回、訪問し話し合ったのは、天津市婦女連合会(戴藴会長)で、同連合会の幹部と交流、女性の地位向上や家庭教育の指導、子供たちを育む様々な活動などについて、取り組みを聞き、積極的に意見交換した。
 
  これを受けて、当協会では「ちょうど現在の戴会長は、かつて岡山情報ビジネス学院で日本語の研修を受けた経験をお持ちで、女性同士の交流を是非実現させたい」(黒住昭子団長)と話している。

  この日の訪問では、戴会長が岡山での研修経験を話し、当時の思い出話しに大いに盛り上がったという。
中国人留学生
   新入生歓迎会開催  

  今春、岡山県内の大学や日本語学校に入学した中国人留学生の歓迎会が、4月22日、岡山大学国際交流会館で行われた。
 これは、岡山県中国人留学生学友会(候文碩会長)が主催したもので、約80人の留学生等が参加した。
 当協会からは松井三平専務理事が来賓として挨拶し、会員の池田武久さんがハーモニカ演奏で盛り上げた。  学友会の役員紹介、ヴァイオリンや歌、踊りの披露、そして水餃子のもてなしなど多彩な催しで新入生を歓迎していた。 歓迎の挨拶する松井専務
歓迎の挨拶する松井専務理事                 '18年入学のフレッシュマン        
 
 がんばって
います
元気です

  国際的な視野を持った人に
  部活は選択肢が多くてよい
       じょう  たん  たん
               洛陽から派遣 中国語の講師 常 丹 丹 さ ん

  「岡山のことは前任者からいろいろと聞いていましたので、本当に楽しみにして来ました。充実した1年にしたいと思っています」。
  岡山市と友好都市の洛陽市から、交流事業として、この春、岡山市立岡山後楽館高等学校に中国語講師として派遣されてきた。四月の新学期から教壇に立っている。

日本料理や生け花
ぜひやってみたい−  
  「街がきれいで花がいっぱい、空気もきれいです。そして静かですね」。岡山での初めての夜、あまりの静けさに「怖いくらいでした」とか。
  洛陽では、洛陽師範大学の日本語教師で、家族は公務員のご主人と「もうすぐ3歳になる男の子」。「夫が理解してくれましたので、この時、今でないと行けないと、希望して来ました」。

  同高校では、1日2時限、週12時限程度教壇に立つ。教える生徒は6クラス約120人。初めて中国語に接する生徒は約90人。
  「初めての生徒も興味深く聞いてくれます。洛陽の紹介もしました。中国語だけでなく中国の文化や中国人の考え方などをいっぱい紹介したいと思っています」。
  自身、広州市の広東外語外貿大学で日本語を専攻。2009年には福岡市内で1カ月間ホームステイをしている。日本文化についても詳しい。

  同高校では、着任早々新入生歓迎会があった。「10時開会なのに9時50分くらいには、もう全員が揃っていて、それも正装、静かに待っているのです。ブラスバンドの演奏もありました。こんなことは中国では考えられないことです。印象深く、感動しました」。

 生徒気質にも、日中では差がある。「ここの生徒は自立していて先生に対しても普通に話している。しかし中国では先生を怖がってそんなに話などしない。中国の高校生は勉強ばかり。しかし、日本では部活がいっぱいあって皆参加している。選択肢が多くこの方が良い」。
 教師として中日共通して生徒等に教えることは「国際的視野を持った人、広い視野を持つ人になって欲しい」こと。

 子供のころ両親に教えられたのは「人をだますのは良くない。正直な人になれ」だった。
 「中国人でも、優しい人もいれば悪い人もいます。それを客観的に冷静に判断して自分なりの考えを持てる広い視野の人です」。
 1年の任期中にやっておきたいことは多い。「日本料理や生け花をやってみたい。日本の主婦の家事はすばらしいから。それに旅行も…」。最後に〝バイト〟をあげて「日本の文化を知れる好機会なんですけどね」とも。
 常先生は、来年3月まで同高校で教鞭をとり、1年間の任期を終え洛陽に帰国する。
会員消息
【入会者】  横溝 政資さん(倉敷市) 

活動日誌 
 3/ 8…国際婦女記念日祝賀会(総領事館、黒住副会頭出席)
 3/12…理事会開催
 3/18…天津医療福祉交流促進訪問団(~21)
 3/25…中国語検定試験(岡山ビジネスカレッジ)
 3/26…青少年卓球交流訪問団出発(青島へ。瀬戸内日中友好卓球交流会~4/1)
 3/27…シニア卓球交流訪問団出発(~3/30)
 4/ 2…岡山市議会訪問団(~4/5)
 4/ 4…岡山県日中教育交流協議会会報「悠久」発行
 4/ 9…岡山市民友好訪問団洛陽・南京を訪問(~4/13)
 4/22…中国人留学生学友会新入生歓迎会(岡大国際交流センター)
先憂後楽
  野中広務さんが亡くなった。協会の講演会にも来ていただき、また協会が緑化交流基金助成金を申請した時にも親身にご指導いただいた。京都府園部町の町会議員から自民党の幹事長まで上り詰めた偉大な政治家。こわもての雰囲気もあるが、反戦、日中友好、そして正義、人情を貫いた人物であったと思う。

  私事で恐縮だが、私も園部町の出身で、小学校当時野中さんは町長をされていた。また私の父は野中さんと同期で、ともに町会議員として活動していた。青年団活動を経て議員生活に入られたと聞いている。姪が京都府会議員に立候補するという暴挙に出たときも、お父さんの血をついどるなあと党派を超えて応援いただいたと聞いている。地元では「野中はん」と呼ばれ親しまれていた。

 日中友好活動をしていなければ岡山での再会はなかった。講演会の司会をしていた私を、同郷人として、3百人を越す聴衆に紹介いただいた事は今でも忘れられない嬉しい思い出となっている。

 12年間継続してきた洛陽での緑化事業が一応の区切りを迎えた。それはまた野中はんとのお別れをも意味したのかも知れない。我が郷土の偉人、そして日本人として誇るべき人格者の野中はんのご冥福を心からお祈りします。 (松)



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